お客様からお預かりしたものの中には、長い時間を経て傷みが激しいものもあれば、紅茶がこぼれて汚れてしまったりと、様々な状態のものがあります。

表具の技術を使えば、そうしたものを蘇らせる事が出来ます。

1,洗い

左の写真は、400年前の掛軸で、東京は祐天寺の上人による南無阿弥陀仏の書です。
本紙や裂地には穴が空いているだけでなく、本紙の折れや煤や埃をすって黒ずんでいる状態です。これに洗いを施し修復後の写真となりました。

本紙の状態によってどこまで汚れを落とすかは様々ですが、この場合は400年前のものという事を考慮し、まっさらな状態にはせず、祐天寺に現存する別の南無阿弥陀仏の掛軸の色合いに合わせる事になりました。

まずは本紙作品部分の色落ち止めの処理をします。はみ出さないように膠やアクリル液などで書をなぞっていき皮膜を作ります。この皮膜でコーティングされ、墨が水洗いや薬品で落ちるのを防ぎます。

この処理が終わったら、これ以上本紙の傷みが拡がらないように表から一度裏打ちを施します。いったん乾かした後、今度は本紙から汚れた肌裏打ちを取り除き、代わりに保護用の裏打ちを行いました。これで裏表から本紙を保護した状態になりました。

更に両面から極薄のガラス繊維シートを幾重にも被せ、この状態から洗いを始めます。洗いには水を使ったり専用の薬品を使うなどしますが、本紙の状態、仕上がりの目的に合わせて決めますので、毎回同じ作業、という事はないのです。

上の写真が洗いをした状態です。煤や埃で茶色くなっていたのが綺麗になっているのがおわかりかと思います。

この状態から、本紙の破れた部分や線状に折れ目のついた箇所の補修をしていく流れとなります。次の項目では、その破れた部分の補修作業の詳細をご説明いたします。

2,破れた箇所の修復

上の写真は、洗いの項目で参照した南無阿弥陀仏の書です。  洗いが終わった本紙に、下からライトをあてて破れた箇所をわかりやすくしています。
まずは折れぶせという作業です。線状に折れ目がつき擦れて薄くなっている(欠けている)部分ですが、下の写真のように、約3㎜幅に切った薄くて強い薄美濃紙に薄めた糊をつけ、折れ目の上に重なるようにあてがいます。これにより折れた部分が裏から補強され、再び折れ目になるのを防ぎます。この作業を怠ると、仕上げた後の巻きの段階で再び折れがでてしまう危険性があります。
紙の色は仕上がった時に目立たないよう本紙の色に近いものを選んでいます。

細く切った和紙をのせます
一部を拡大した写真です
では次の写真のように、一部分がごっそり抜けているような場合はどうでしょうか。
写真は、足利尊氏の書状で、約650年前のものです。これまでにも数度仕立て直しによる補修がなされていましたが、糊が固かった事や紙から保湿性が失われた事で、傷み、破れてしまったようです。
この場合も古さを残した状態で洗いを行い、欠損部分には本紙に似た色の古い和紙をあてて穴埋めを施しました。また、画像からはわかりづらいですが、欠損部のめくれた部分や紙が押しつぶされた部分は、水分を与え丁寧に伸ばしていくと、文字が残っている事があります。このように出来る限り本来の状態に近い形に戻すよう心がけています。
こうして補修した後、洗い、裏打ちを経て仕立て直したものが修復後の写真になります。破れた部分は目立たなくなり、本紙色合いの仕上がりも、自然な古さに見えるようなったかと思います
修復前
修復後

3,染み抜き

掛軸だけでなく、紙で出来た作品は長い時間がたつとシミが出てしまいます。それらは湿気から来るカビであったり、紙が埃を吸着し定着したもの、虫のフン、他にも、元々の作品が書かれた紙の厚さや仕立てた時の条件によって、シミが出来やすい場所が部分的にあったり、その原因は様々です。
作業の流れでいうと、洗いの後に続ける事になるのですが、染み抜きも「どこまでやるか」は本紙の状態によって異なってきます。
例えば色紙です。皆さんのお宅にも一枚はあるのではないでしょうか?色紙は長期間しまっておくと写真のようなシミが沢山でてきてしまいます。
これは、色紙の本紙下に使われている厚手のパルプ紙が湿気を吸いやすい為、溜まった湿気がシミになりやすい、などといった事が考えられます。
パルプを裏から剥がしていっている段階です。写真下部の白地が見えているところが本紙(肌裏は残っている状態)です。
写真上部のグレーの部分がパルプの層で、およそ2mmの厚みがあります。
少しわかりづらいですが上の写真は、剥がしたパルプ紙(部分拡大)です。中央赤丸内が、他より強く茶色になっているのがおわかり頂けますでしょうか?
上の写真は、こうした部分的なシミがたくさん本紙に浮き出てきている状態といえます。
この色紙の例では、ここから専用の薬品をシミ部分に塗布してシミを抜いていきました。
この時も、最初は濃度を薄めにし、薬品を塗った場所だけが言わば「白抜き」にようにならないよう注意します。
こちらが染み抜き完了後の写真になります。全面にあった染みがなくなり、綺麗に仕上がりました。